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さよならじいじ

大好きなじいじが1:50に亡くなってしまいました。

終戦の年に出兵し、数ヶ月で戦争が終わった世代で今年で92歳。とても頑固で短気で意地っ張りでTHE昔の人間って感じなおじいちゃんだったけど、俺にはいつも優しくて、5年前にばあばが亡くなった時に母の家に引っ越してきて、よく二人でお出かけしました。

亡くなる寸前までモニョモニョ何かを話していたようです。体調を崩して入院し、数週間前に退院して帰ってきてからは母のことを祖母と間違えたり、「ここの宿泊代が足りない」などとトボけたようですが、最後までしっかりとしてかっこいいじいじだったなー。

5年前にくも膜下出血でばあばを亡くした時は、翌日にヨーロッパへの初旅行を控えていて母親が「ばあばも旅行が大好きだったから”行っておいで”と言っていると思う」と言ってくれて、飛行機で泣きながら初めてのヨーロッパへ行きました。

幼い頃から調子の良い僕は、ばあばを「永遠の恋人」と呼び商店街でおもちゃを買ってもらっていて、ちょっとやんちゃだった中学生の頃もばあばとじいじの前ではピアスは外してたし、心配をかけないようにしていた。

大好きな人の死から”時間の大切さ”や”自分は何をしたいのか”を真剣に考えるようになり、自分の周りの環境を大きく変えた。
そして翌年には独立を決意し退社を申し出て、また翌年には個人事業主として独立した。

今の僕がいつでも好きな時間に働き、日本や世界の各地を旅できるのはあの時の祖母が気付かせてくれた学びのおかげだと思う。

僕は大好きな人の死で何を感じて学ぶことができるのだろうか。今はまだはっきり分からないけど、60年間つれそったばあばとやっと同じ場所にいけたのだからゆっくりとして欲しい。

じいじと墓参りのハシゴ

今日は母親方の祖父と一緒に数年前に亡くなった祖母のお墓参りに行きました。
今日は祖母の月命日で、最近調子が良くなってきた90歳になる祖父が『どうしてもお参りに行きたい』ということなのでお共してきました。

最近は体調崩して寝たきりになっていたのですが、春に近づくにつれて祖父の体調も良くなってきているようで、祖母の墓参りだけでは飽き足らず大親友のお墓参りも行きたいと言いお墓参りハシゴをしてきました。
久々に丸一日お出かけをして子供のようにはしゃぐ祖父とは反対に僕の体力は限界を迎えるのですが、ビールを一杯飲んでテンションがあがった祖父はさらに饒舌になり、同じ話を三回以上ループするはしゃぎっぷりです。
祖母と長い間いっしょにいた日暮里周辺を散策し、当時の思い出と祖母に対する感謝の気持ちをたくさん聞き、体力的には疲れましたが家族と素敵な時間を過ごせた最高の一日でした。

祖父は戦時中に徴兵された最後の年の世代です。ドライブ中には戦時中の話をたくさん聞いて「このまま戦争を知らない世代が育つのは怖いな」と感じました。

戦争本当に体験した人の話を聞ける時間が刻々となくなっていることに危機感を覚えるいちにちでもありました。

長生きして欲しいな。

お盆参り

幼い頃はお盆の時期になると、亡くなった祖母の故郷である新潟県に先祖供養へ行っていました。

今回は90歳になる祖父を連れて、8年ぶりに親戚の家に訪問しました。

小さい頃の記憶と大好きだった祖母の記憶に浸り、東京とは違う時間の流れを感じられる貴重な体験でした。

祖父は最後の旅行になるかもしれないと思うと、一緒にいる時間を1秒も無駄にできないと感じました。