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世界で初めてコンピュータープログラムを書いた女性、数字の魔女『エイダ・ラブレス』

近代コンピューターがうまれる100年前からコンピュータープログラムを書いた女性がいました。
母親は詩人のジョージ・バイロンで、彼女自身も作家であり数学者であり三児の母でした。

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エイダ・ラブレス

エイダは幼い頃から母のすすめで数学を熱心に勉強しおり、家庭教師から紹介された数学者のチャールズ・バベッジの研究内容に興味を深めていきます。

バベッジは多項式関数を計算する階差機関を発案し、その構想を元に機械式の解析機関を考案します。
この解析機関は演算・条件分岐・ループなどの追加機能が可能で、さらにメモリも内蔵する構想でした。

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チャールズ・バベッジ

エイダはバベッジからの依頼で解説書を翻訳し、バベットのすすめもあり翻訳と訳注は本書の分量を大きく上回り倍ほどの量となった。
追加機能の設計書は本体の設計書を超える膨大なものとなり、いつしかエイダは師であるバベッジから『数字の魔女』という愛称をつけられます。

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階差機関 (Difference engine)

 

 

結局、バベッジの提唱する階差機関と解析機関が完成することはなく、幼い頃から病を患っていたエイダは若くしてこの世をさることになります。
しかし、エイダの手で書き加えられた「ベルヌーイ数」を計算する方法などは、実際に制作されていれば間違いなく作動しただろうと言われており、テクノロジーの歴史を調べる人の中では世界で初めてコンピュータプログラムを書いた女性として認められています。

また、音楽の作曲やグラフィックの描写などをバベッジより多く予見しており、プログラマーやテクノロジーに携わる数々の女性へ強い刺激と影響力を与えています。

現代に再現された『階差機関』と『解析機関』

試作で終わり感性にはいたらなかった『階差機関』と『解析機関』ですが、20世紀後半に当時の設計図を元に制作され、ロンドンのサイエンス・ミュージアムとアメリカのコンピュータ・ヒストリー・ミュージアムに展示されています。

フェミニズムに隠された真実

訳注の中にはベルヌーイ数を求めるためのコードが記載されており、これが世界で初めて書かれたコンピュータプログラミングと呼ばれているが、定説ではコードを書いたのはバベッジでありエイダはバグを修正しただけだとも言われています。

バベッジとエイダの間で交わされた書簡の中でエイダ自身もコードを書いていることもあり、バベッジとエイダのどちらが世界で初めてのコードを書いた人物か特定することは困難だとそれている。

19世紀に組織化されたフェミニズムの台頭に、エイダ・ラブレスが世界で初めてのコードを書いた人物とされることもあるが、バベッジとエイダによる世界で初めてのコンピュータプログラミングとするのが最も真実に近いのではないかと思われるのではないでしょうか。

『エイダ・ラブレス』のプロフィール

項目 詳細
名前 エイダ・ラブレス
旧姓 オーガスタ・エイダ・パイロン
出生地 ロンドン
生年月日 1815年12月10日
没年月日 1852年11月27日

エイダ・ラブレス – Wikipedia